ZILLION ARCHIVE ROOM(Yahooブログ移行版)

Yahooブログから流れてきたTVアニメ『赤い光弾ジリオン』非公式ファンサイトです。元々は放映30周年を記念する週刊ブログでしたがそのまま不定期で続いています。

西久保監督フィルモグラフィ(5)現代篇

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アタゴオルは猫の森』劇場用パンフレットより
 
(前回はこちら 
前回は『イノセンス』(2004年)までを追ったが、その前年の西久保監督作として『ハートカクテル・アゲイン』(2003年)が抜けていたので補足したい。
 
 
ネット上でも情報が少ない『ハートカクテル・アゲイン』は、マンガ家わたせせいぞうの原作をベースに新たなストーリーで作られたOVA。そもそも原作マンガが毎回数ページの掌編であるため、本作も40分強という短い時間に9本の短編を収録している。
マンガ『ハートカクテル』はジリオンと同時期の1987年にアニメ化されており、ほとんど動きのないナレーション主体の短編ながら、深夜の放送にふさわしい大人のムードを醸すことに成功していた。本作『〜アゲイン』はその原作の登場20周年記念作品であり、製作はプロダクションI.Gではなく、ハルフィルムメーカーが手がけている。
OVA『カリフォルニア・クライシス 追撃の銃火』(1986年)で鈴木英人風のアニメーションを送り出した西久保氏にとって、わたせ氏の絵柄や、音楽・世界観のアメリカ志向などはお手の物だったことだろう。本作でアニメーション作品の監督復帰を果たした西久保氏は、以降、精力的に監督作を送り出してゆく。
 
 
天空戦記シュラト』(1989年)から実に14年ぶり、そして現在のところ最後の西久保監督によるTVシリーズが『お伽草子』(2004年)となる。
本作はプロダクションI.Gが社運をかけて挑んだ大作『イノセンス』直後の作品にあたり、西久保監督に作監黄瀬和哉氏など『イノセンス』組が多数参加し、TVシリーズとは思えぬリッチな映像が堪能できる。I.GのTVシリーズは比較的若手にチャンスを与える傾向を感じるが、本作ではメインをベテランスタッフで固めており、それだけI.Gが「絶対に失敗できない」状況だったのでは、とも思わせる。
平安編と現代編でメインスタッフを入れ替えるなど、意欲的な挑戦も盛り込んだ本作に続き、40歳で一度はアニメーションを離れた西久保氏は、50歳にして新たなアニメーションのフィールドに踏み出すことになる。
 

西久保氏にとって『「エイジ」』(1990年)以来2作目の劇場監督作品となる『アタゴオルは猫の森』(2006年)は、これもプロダクションI.Gではなく、デジタルフロンティアによるフルCG作品となる。西久保氏が起用された経緯はプロデューサーが以前観た「音楽に凝った作品」の監督だったから、ということだそうだが、それはおそらく『街角のメルヘン』(1984年)のことだろう(こちら)。また、もちろんCGを大量に使用した『イノセンス』および『イノセンスの情景』(2004年)での現場監督としての手腕も、大いに期待されていたと思われる。
 
初CG作品にも自らの持ち味を活かして取り組んだ西久保氏は、色彩設計遊佐久美子氏やプロップデザインの荒川真嗣氏などの常連スタッフの力も借り、膨大な原作マンガをその外伝をチョイスすることでコンパクトな中編(81分)としてまとめ上げている。
 
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アタゴオルは猫の森』劇場用パンフレットより

世界観の魅力ではなくキャラクターの魅力に特化した本作は、主人公ヒデヨシの破天荒なキャラクターに「物語」という手綱をつける苦心が伺われる作品となった。この欲の塊のような主人公にノレるかどうかで、本作の評価は大きく分かれるだろう。
また本作は、音楽の楽しさを演出的に押し出す一方で、脚本的には音楽の持つ危険な側面にも触れる尖ったテーマを内包しており、心温まるシンプルなファンタジーを期待したであろう観客に対して優しくない作りとなっている。
このミスマッチはしかし、西久保氏の『天空戦記シュラト』や『ジョバンニの島』にも見られる「物事を一面的に描かず、その正負の両面を描く」という意図的な演出の一環であるかも知れない。ジリオンでも「ラストで敵を助けたのは納得いかない」という評をいまだに目にするが、そこが(職人監督と思われがちな)西久保氏の作家性であるともいえる。
 
このアタゴオルと並行して、西久保氏はもう一本の映画にも参加している。
 
立喰師列伝』予告編

押井守監督作『立喰師列伝』(2006年)は実写をコラージュした人形劇のような、一種のパタパタアニメ。手法としては伝説のコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」でテリー・ギリアムが用いたアニメーションにも近く、西久保氏は本作に演出として参加している。
 
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八王子夢美術館「押井守と映像の魔術師たち」展図録 西久保氏インタビューより
 
西久保氏は押井監督の薀蓄劇に同じ監督として苦言を呈しているが、この経験がのちのコンビ作『宮本武蔵』に繋がっているように思える。
 
 
スカイ・クロラ』(2008年)はまたしても押井監督とのコンビ作。演出として参加した西久保氏は本作の制作にあたり、押井氏から「わかりやすく」というオーダーを受けたそうで、画面的にはハイキーやローキーでディティールを飛ばす傾向のあったこれまでの(劇パト2以降の)押井-西久保作品と比べ、やや見やすく、やや平板とも思える画づくりがなされている。
 
西尾 今、一所懸命、理論武装してるんじゃないですか。インタビューする機会あったら、突っ込んでみてくださいよ(笑)(編注:この後、「スカイ・クロラ 絵コンテ」の巻末インタビューで訊きました)。で、その清涼感のあるキャラクターという話でいけば、色も結構大きいと思うんですよね。ノーマルなシーンって、影が結構ついてるんですけど、影の色がそんなに濃くないんで、パッと見ると影なしに近い印象になっているんです。影なし作画にするっていうのは多分、押井・西久保組ではありえないので。
―― ありえないですね。
西尾 光と影の魔術師なんで(笑)。それでも『スカイ』の作業中に「影を足してくれ」という要望が何度か出ましたけど。
―― その要望はどこから出るんですか。
西尾 西久保さんです。西久保さんは、影が大好きなんで。「2号影足してくれ」と言われて「俺、2号影は巧く描けないんだけどなあ」とか(笑)。
 
また、西尾鉄也氏による本作の制作レポートマンガで、押井組における西久保氏の役割が垣間見えるのも興味深い。『イノセンス』のDVDコメンタリーでも見られた「硬の押井、軟の西久保」という凸凹コンビぶりが伺える。
 
 
 スタッフごとに、持ち帰った写真は様々である。西尾は自らがレイアウトする画面を充実させる為に、現地の人々の生活風俗をデジカメに記録し、美術監督の永井は、カメラマンが押井の指示を受けて撮影したポイントのディテールを詳細に撮りためた。押井と共に現場を切り盛りしてゆく演出の西久保はムードメーカー。西久保の向かうところ、もっぱら笑いが絶えなかった。勿論プロデューサーの石井は、夜な夜な領収書とチップの精算に明け暮れていた......。
 
 
宮本武蔵 双剣に馳せる夢』(2009年)は、元々は海外のTVドキュメンタリーの企画だったそうで、武蔵というテーマは押井守氏が選定、脚本も自らが書き下ろした。本作はこれまでの「押井監督、西久保演出」ではなく、同コンビによる「押井脚本、西久保監督」作品となる。
個人的に、本作は西久保監督の最高傑作ではないかと思う。また、「伝奇作家」としての押井守氏の代表作とも思える。
乗馬剣法として考案されたとする二刀流のアクションシーンはアニメのみならず邦画としても目新しい剣戟を実現しており、『お伽草子』から進化しているのはもちろん、『獣兵衛忍風帖』(1995年)『ストレンヂア 無皇刃譚』(2007年)といった本格派のアクション時代劇アニメともまた異なるリアルな手触りを観るものに与えることに成功している。また、これまでストーリーの進行を止めがちだった西久保氏の音楽へのこだわりは、国本武春氏による浪曲ロックによってストーリーと完全に融合しつつ昇華され、他では味わえない特異な感動を呼び起こす。
惜しむらくは、本作が劇場作品となったことで「物語」を求める客とのミスマッチが生じたことだろう。また押井作品特有の薀蓄こそを聞きたかった押井ファンの期待をあまり満たさなかったこともあり、本作が埋もれてしまっているのは残念だ。個人的には、あと5本くらいの「押井伝奇」ミニシリーズとして、他の題材も見てみたいところだ。
 
本作以降、押井守監督が実写に専念するようになってからは、西久保氏が旧「押井組」を率いる仕事が目立つ。話題となった以下のCMなどもそれに当たるだろう。
 
東京ディズニーリゾート CM 「夢がかなう場所」篇
 
NEXT A-Class
 
ディズニーリゾートのCMは典型的なボーイミーツガールの「その先」を描いており、ミニーマウスを演じていた奥様の水谷優子さんと何度もディズニーランドを訪れたという西久保氏の思い入れが窺われる。
かたやベンツのCMでも、クルマ好きの西久保氏らしい、クルマの魅力をアピールする作品となった。本作には、ジリオン以降の付き合いである車両作画のエキスパート 水村良男氏も参加している。
 
映画 ジョバンニの島 本予告
 
2018年現在における西久保監督の最新作が、映画『ジョバンニの島』(2014年)となる。ドラマ『北の国から』の脚本で知られる杉田成道氏の原作、脚本である本作は日本音楽事業者協会音事協)の出資によるその創立50周年記念作品でもあり、アニメーション映画としては特異な成り立ちを持っている。
音事協能年玲奈さんの独立騒動の際にかなりイメージを悪くしたが、その能年(のん)さんを主役に抜擢した近年の話題作『この世界の片隅に』(2016年)と本作は、ともに太平洋戦争の末期を描いたアニメーションでありながら、その制作経緯やプロモーションにおいては対照的な立ち位置の作品といえる。
 
ともあれ、アニメ作品としての本作はとことんウェットな題材とクールな西久保演出が絶妙なバランス感覚を見せ、印象的な「銀河鉄道の夜」の引用や、「カチューシャ」「赤とんぼ」に代表される童謡の巧みな使い方など、監督 西久保瑞穂の集大成ともいえる傑作となった。
日本での興行的な失敗はあったものの、本作は日本のみならず世界各国で多数の賞を受賞し、なかでもアヌシーでの審査員特別賞の受賞は「押井監督の影武者」的なイメージで語られがちだった西久保氏の名を改めて知らしめることとなった。
ジリオン以前の『デジタルデビル物語 女神転生』(1987年)、ことによると『カリフォルニア・クライシス』(1986年)以来、西久保組として色彩設計などで氏を支えた遊佐久美子氏も、本作の評価でその溜飲をようやく下げたのではないだろうか。
 
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アニメV別冊 赤い光弾ジリオン歌姫夜曲より

その後、西久保氏の監督作品は発表されていない。2016年の水谷優子さんの訃報では夫 西久保氏の今後も心配されたが、昨年末に行われた後藤隆幸氏とのトークイベントでは元気な姿をファンの前に見せてくれていた(こちら)。
自分もジリオン以来の一ファンとして、今後も西久保監督ならではの、クールさと暖かさが同居した作品の登場を期待したい。

(お知らせ)
ジリオン放送30周年に合わせて開始し、これまで毎週記事を追加してきた本ブログですが、今後は不定期更新となります。
これまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。そして『赤い光弾ジリオン』を世に送り出してくれたすべての関係者に、最大限の感謝を捧げたいと思います。
 
それでは、また近いうちに。