西久保監督フィルモグラフィ(4)タツノコから再びI.G、そして押井作品へ
ニュータイプ1988年1月号より
(前回はこちら)
アニメファンの好評を得た『赤い光弾ジリオン』は外伝となるOVA『歌姫夜曲』(1988年)の発売後、ぷっつりと動きが止まる。歌姫の植田もときプロデューサーはその後も続編の可能性を模索していたようだが(こちら )、西久保氏はこの時期、J.CスタッフのイメージOVA『闇のパープルアイ』(1988年)を手掛けている(2020年4月追記)。
数ヶ月間の沈黙期間を経て、植田P、西久保監督の次回作となったのが『天空戦記シュラト』(1989年)だった。
『後藤隆幸画集 Gの旋律』より
シュラトは以前にも取り上げた(こちら)通り、企画的にはこのシュラトと入れ替わるように放映を終えた『聖闘士星矢』(1986年)の、スタッフ的にはジリオンと『超音戦士ボーグマン』(1988年)の、それぞれ後継にあたる。
演出主導で軽いテイストが受けたジリオンと異なり、少年ジャンプ風の熱血バトルアニメであるシュラトは『聖闘士星矢』『ドラゴンボール』(1986年)シリーズ構成の小山高男氏を筆頭に、関島真頼氏、あかほりさとる氏ら、ぶらざぁのっぽ系の脚本家陣が牽引した作品といえる。ジリオンの主演トリオである関、井上、水谷各氏の再起用は音響監督に驚かれたそうだが(こちら )、このアウェーの環境で監督するにあたって、西久保氏が自らの持ち味を生かすための苦肉の策だったとも思える。
アニメージュ1989年8月号より
いまでも語り草となる作画の乱れはあったものの、女性層を中心に人気を博したシュラトには続編となるOVAも登場しているが、そちらは西久保監督作品ではない。現場が混乱をきわめた古巣タツノコを離れた西久保氏が、プロダクションI.G、そして後藤隆幸氏と再び組んだ作品が西久保監督初の劇場作品『「エイジ」』(1990年)となる。
『軌跡―Production I.G 1988‐2002』より
以降、I.Gで立て続けに桂正和原作『電影少女』のOVA『電影少女 VIDEO GIRL AI』(1992年)を監督。これも『みゆき』(1983年)でちょっとHなラブコメを手がけていたことからの起用とも思える。
『ねこひきのオルオラネ』LDジャケット 駿河屋の販売ページより引用
『ねこひきのオルオラネ』(1992年)は夢枕貘氏の小説のアニメ化。アニメーション制作はJ.C.スタッフで、『デジタルデビル物語 女神転生』(1987年)以来、久しぶりの宮田知行プロデューサーとのコンビ作となる。伝奇バイオレンスの第一人者として広く知られた夢枕氏だが、最初期の作品である本作は寓話的な雰囲気を持つ、宮沢賢治風のファンタジーだ。『銀河鉄道の夜』を彷彿させる冒頭とラストの列車のシーンなどは、のちに西久保氏が手がける『ジョバンニの島』(2014年)への影響もうかがえる。むらた俊治(村田峻治)氏がほとんどの原画を一人で手がけ、動画も2名のみと、きわめて特異な環境で丁寧に作られた映像は独特の手触りが感じられ、本作同様にやはり小林七郎氏が美術監督をつとめた『街角のメルヘン』(1984年)や、こちらも宮沢賢治原作の『セロひきのゴーシュ』(1982年)といった作品も連想させる。
まったく毛色の違う2作品を同時に監督し、さらに文芸アニメ大作『走れメロス』(1992年)にも絵コンテで参加した西久保氏はその激務が祟ったのか、この頃、体調を崩して入院している。
『軌跡―Production I.G 1988‐2002』より
八王子夢美術館「押井守と映像の魔術師たち」展図録より
齢40を目前とした西久保氏はどんな心境からか、この入院を機にアニメーションの仕事をすべて手放してしまう。そのままアメリカを放浪した氏を日本で出迎えたのは、やはりプロダクションI.Gだった。
『機動警察パトレイバー2 THE MOVIE』(1993年)はOVA版5・6話をもとにして制作された、日本では珍しいポリティカルアクションアニメ。タツノコ以来の友人 押井守監督に請われてこの作品に参加した西久保氏は得意の音楽演出を封印し、もう一つの武器である抑制的でスタイリッシュな画面演出に専念している。
西久保作品をずっと手がけている色彩設計の遊佐久美子氏、こちらもジリオン以降の付き合いとなる作画監督の黄瀬和哉氏とともに西久保氏が作り上げたパト2の画面は、それまでのアニメと異なる独特のリアルなルックを持っていた。以降、このトリオは「押井組」として押井守監督を支え、押井氏の表現スタイルを決定づけた。押井氏のレイアウト主義の思想から集められたレイアウト班には水村良男氏も参加、ジリオン組の活躍が目覚ましい。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』予告
『爆炎キャンパス ガードレス』VHSパッケージ 駿河屋より引用
しかしこのガードレス以降、西久保監督によるアニメ作品(劇場/TV/OVA)はしばらく途絶えてしまう。監督以外の参加作品としては、押井守監督の攻殻とその続編『イノセンス』(2004年)の演出、およびその関連作品『イノセンスの情景』を引き続き手がけている。
押井氏と西久保氏によるオーディオコメンタリーは抜群の面白さなのでアニメ制作に興味のある人は必聴
この時期の西久保氏は、アニメよりもゲームがらみの仕事が目立つ。
これは西久保氏本人の志向というよりは、氏の活動拠点となったプロダクションI.Gが積極的にゲームに関わっていた時期だったのだろう。
なかでも特筆すべきはやはり『やるドラ』シリーズだろうか。プレイヤーの選択によってアニメーションの内容が変化するという触れ込みのこのシリーズは人気となり、特に『機動戦艦ナデシコ』(1996年)で人気だった後藤圭二氏をキャラクターデザインに迎えた第1作『ダブルキャスト』(1999年)は、ゲーム自体の物珍しさもあってヒットゲームとなった。西久保監督が結婚後に奥様の水谷優子さんを主要キャストとして起用した数少ない作品でもある。
そしてプロダクションI.G始まって以来の超大作『イノセンス』を終えた西久保氏は、シュラト以来実に14年ぶりのTVシリーズを監督することになる。